「ええいっ、いい加減この暑さはどうにかならんのかっ!?」
朝食を取り終え、3日目に突入するであろうフィールドワークが始まるまでの間、居間で一休みしようと横になる。しかし、身体全体に襲い掛かる夏の暑さに耐え切れず、つい愚痴をこぼしてしまう。
時間はまだ午前の8時だというのに、もう家の中で寝苦しさを感じてしまう程に暑い。これから時間が経つ毎に更に暑くなると思うと気が滅入る。
「明後日の夜には台風が通過するかもしれないって話だから、もう少ししたら暑くなくなると思うよ」
食器を洗い終えた観鈴が、そう語りながら居間へと来る。
「確かに暑くはなくなるが、代わりに蒸すであろうが」
「あっ、そっか。でも台風が来れば津波の危険があるし。いつ襲い掛かるか分からない津波の恐怖に怯えてれば、その内に涼しくなると思うよ」
「そんな涼しさはいらんわ!」
「にはは。わたしもいらないかも」
「まったく、いい加減冷房の一つでも配備したらどうだ?」
本当に冷房があればどれだけ幸せであろう。照付ける太陽を物ともせず爽やかな空調が効いた部屋でする昼寝はどんなに快適であろう。汗だくでフィールドワークから戻った後風呂に入り、その後温まり切った身体を冷たい風で一気に冷やすのはどれだけ爽快なのだろう。
たった一つの冷房を配備するだけ、この地獄が天国へと一変するのだ。灼熱地獄から逃れられるなら、その蜘蛛の糸がいかに高価なものでも購入する価値はあるであろう。
「それじゃあ今日はフィールドワークを中止して、涼みに行こうか?」
「デパートでも行くのか?」
「ううん。そうじゃなくて涼みに行くの」
「だから何処の建物で涼むのだ?」
「建物じゃなくて自然で涼むの」
「自然で? 海に泳ぎにでも行くのか? 水泳は涼む行為とは言えん気がするが」
「別に泳ぎにも行かないよ」
どこかの建物に行き、冷房の涼しさを味わうのでもなく、泳ぐ訳でもない。それでいて自然で涼むとは、まさか木陰に身を寄せ涼むとでも言うのではないだろうな。確かに強い日差しを浴びるよりは遥かにマシだが、到底涼む行為とは言えない。
「名付けてスペランカーオブ観鈴ちん! 自分の身長の高さから落ちただけで死んじゃう貧弱な身体で挑む、ドキドキハラハラのダンジョン探検〜〜」
「はぁっ?」
何だそのスペなんとかというのは? 一体自然で涼むと言う話が、どうすればそんな話題に辿り着くというのだ。
「さて、そうと決まったら、早速洞窟探検の旅に出る準備に取り掛からなきゃ! 武器屋防具屋で装備を整えて、道具やで薬草やポーションを買えるだけ買わなきゃ」
「ちょっと待て! どこに行く準備をするのだ!?」
「だから、洞窟に行く準備だよ往人さん」 |
第弐拾四話「洞窟探検」
JR釜石線を上って数十分、上有住駅という駅で下車する。目指す場所は自転車で行けないことはない距離だったが、今日は涼みに行くのが目的だからと、電車で移動することになった。車中も程よく冷房が効いていて、少なからず夏の暑さを忘れることが出来た。
周囲は昨日の橋野高炉跡に負けず劣らずの山並みが広がっている。周囲からは油蝉の鳴き声が絶え間なく響き、夏の暑さをより際立たせている。こんな人気のない閑散とした所に、本当に目指す洞窟があるのかと少し不安になって来る。
駅から数分歩くと、人だかりが見えて来る。世間はもう夏休みなので、日本の至る所から観光客が集まって来ているのだろう。人だかりを避けながら歩くと、道路の左側、川を挟んだ向かいに洞窟の入り口らしきものが見えて来る。恐らくこの先が目指す洞窟なのだろう。
「往人さん。洞窟二つあるけど、どっちのダンジョンから攻略する?」
観鈴の話に寄れば、目の前に見える洞窟は滝観洞と言い、こちらが一応メインの洞窟であるという。そして少し離れた所に、もう一つ白蓮洞という洞窟があるという。
「そうだな。ここはやはり白蓮洞が先だろう。滝観洞がメインならば楽しみは後に取っていた方が良いだろう」
私は観鈴に涼める場所があると聞いてこの洞窟にやって来た。私の目的は洞窟を探検するというよりは涼むことなので、基本的にはどちらを先に見るかはさほど問題ではない。
しかし、見るからには面白そうな洞窟を後に散策した方が良いと思った次第だ。
「うん。わたしも往人さんに賛成。やっぱり、難易度の低いダンジョンから攻略するのが基本だよね!」
私と理由は異なるようだが、観鈴も私と同意見のようだ。こうして私と観鈴は白蓮洞へと向かって行った。
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「ふう、涼しい」
洞窟に入った瞬間、周囲の空気が一変した。直射日光が照り付ける灼熱の大地は何処へやら、ひんやりとして湿気のない洞窟内はどこまでも涼しかった。
「往人さん、そんな所に立っていないで、先に進も」
「むう、致し方ない」
もう少しこのまま立ち尽くし純粋に涼しさを味わいたかったが、洞窟を散策するのが目的な以上先に進むのは仕方ない。私自身は先に進まず気の趣くまで涼しさを満喫したい所だが、観鈴がそれを許さないだろう。
「しかし、上下運動が多いな……」
洞窟内は色々と入り組んでいて、とにかく下ったり上ったりの連続だ。こう身体を動かしていれば涼しさを感じるというよりは、疲労感が溜まるばかりだ。これでは洞窟で涼むという私の目的はまったく達成出来ていない気がしてならない。
こうなればこの洞窟で涼むのは諦め、次に賭けるしかないと思いながら、私は歩き続けたのだった。
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「ぐうっ、暑い……」
洞窟に入ってから十数分程経ち、久々に太陽の光を浴びる。疲労が蓄積したとはいえ、洞窟の中はひんやりとしていて、冷房の効いた施設などより遥かに涼むことが出来た。
しかし、洞窟を出ると、再び灼熱の直射日光が容赦なく私の身体を襲う。洞窟と外との気温差は10℃以上はあろう。故に、外に出た時感じる暑さは冷房の効いた施設から出た時の比ではない。
「往人さん、どうだった?」
なるべく木陰を歩きつつ滝観洞へ向かう最中、観鈴が話し掛けて来た。
「色々と入り組んでいて興味深いことは興味深かったが、それ程面白みがある洞窟でもなかったな。しかし、あの菩薩やら地蔵はなんだ?」
白蓮洞の中には至る所に菩薩やら地蔵やらが奉られていた。別にこの洞窟に古くから何かしらの信仰があった訳ではあるまい。観光用に奉るとしても、まるで落盤事故か何かで死んだ人間を供養しているかの様に見え、あまり気分の良いものには思わなかった。
「ともかく、早く滝観洞へ向かおう」
今度こそまともな涼しさを味わいたい衝動に駆られ、私は観鈴を促し、早く次の洞窟に向かおうとした。
「待って、往人さん」
いざ滝観洞の入り口に向かおうとすると、観鈴が私の足を止めた。
「どうした観鈴?」
「滝観洞に入る前に装備を整えなきゃ」
「装備? まさか武器や防具を整えるのではないだろうな?」
「ううん。それはそれで整えてみたいけど、そうじゃなくて……」
観鈴の話に寄れば、滝観洞に入る際にはヘルメットと長靴を必ず身に着けなければならないらしい。人の手が加えられいない洞窟ならばともかく、こういった観光化された洞窟にヘルメットや長靴が必要とは意外だ。幸いどちらも無料で貸し出されているようで、問題はないようだ。
「にはは。これでヘルメットにライトが付いてたらますますスペランカー先生なんだけど、今の格好でも十分探検家っぽいから、これはこれで満足」
ヘルメットと長靴を装着し、観鈴は偉くご満悦のようだ。
「それじゃあ、未知の洞窟探検にしゅっぱーーつ!!」
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「ええいっ、なんだこの狭すぎる入り口は!?」
洞窟の前に行って驚いた。入り口は背を低くしないと入れない程の高さで、その先は更に低く、腰を屈めながらでした歩くことが出来なかった。更には横幅も狭く、人一人がようやく歩ける広さしかない。
先程の白蓮洞が背を伸ばして歩けただけに、この狭さは余計窮屈に感じる。
「にはは。こうして一列に並んで歩くのって、ドラクエみたいで楽しい」
とにかく狭さしか感じない私と違って、観鈴は偉く楽しそうだ。この歩き辛い環境でも笑顔でいられるのだから、余程観鈴は洞窟探検をしたかったのだろう。
「ふう、ようやく背を伸ばせるな」
入り口から暫く歩くと徐々に洞窟が広くなり、ようやく普通に歩ける広さになって来た。願わくばこの状態で最深部まで歩き続けたいものだ。
「何だこの立て札は?」
広い空間を歩き続けていると、ふと目の前に立て札が見えて来た。詳しく立て札を読んでみると、何やらこの洞窟が「八つ墓村」という映画の舞台になったことを説明した立て札のようだった。
「『八つ墓村』、確か金田一耕助とかいう探偵が活躍する推理小説だったか?」
「うん。映画版は『八つ墓村の祟りじゃあ〜〜』って台詞が有名。ちなみに、被害者の一人が湖畔に足だけ出されて逆さ吊りになっているのは、『犬神家の一族』」
私は映画などとは縁がない生活を送って来たので、観鈴が語った映画はどちらも見たことはない。観鈴の語る一シーンを聞く限りでは面白そうに聞こえるので、機会があれば見てみたいものだ。
「八つ墓村にはね、モデルになった事件があるんだ……」
唐突に観鈴が語り出した。それは戦前に起きた俗に「津山30人殺し」と呼ばれる猟奇的殺人事件についてだった。観鈴の口から事件の詳細が語られる。
昭和13年5月21日深夜1時から3時に掛け、岡山県津山市付近の集落にて死者30名、重軽傷者3名という凄惨極まる事件が起きた。
犯人は都井睦雄という21歳の青年。裕福な家庭に生まれ学校の成績も優秀だった彼だったが、生まれつき虚弱な身体で、それが元で徴兵検査に落ち、村人から疎外されるようになり、次第に精神を病んでいったという。
そして犯行に及んだ後、彼は自らその命を絶ったという件で、観鈴の話は終わった。
事件の詳細をまるで自分が目撃したかの様に語る観鈴。その語り草は、観鈴の記憶力が良いということを客観的に証明していると言っても過言ではなかった。
「しかし、彼を受け入れなかった村の方にも問題はあろうが、だからと言って村人を皆殺しにするのは逆恨みにも程があるな」
観鈴の話が終わった後、私は率直な感想を述べた。
「うん。その人の行ったことは決して許される行為じゃない。でもね、わたしは少しだけその人の気持ちが分かる気がするんだ」
「分かる? 気が違った殺人犯のか?」
「うん。彼は多分友達が欲しかったんじゃないかな?」
「友達?」
「友達って言うか、自分を理解してくれる人。彼は村人に自分を受け入れて欲しかった。でも村人はみんな彼を奇異な目で見て拒絶するだけ。誰にも理解されず友達もできなくて、彼はそのことに絶望を感じて村人を殺してしまったのかもしれない」
今更だが、本当に観鈴は優し過ぎると思う。村人を虐殺した行為は決して許されないと前置きしつつ、彼の狂気に及ぶまでの悲痛な人生に同情しているのだ。
それは恐らく観鈴の根底的な心情から来ているのだろう。どんな人間も嫌いになることはなく、分け隔てなく平等に愛情や優しさを抱く、慈愛に満ち溢れた穢れのない無垢な美しい心から。
「……。わたし、時々思うんだ……。わたしもいつかその人のようになっちゃんじゃないかって……」
「っ!?」
「ううん。わたしはどんなに理解されなく友達ができなくっても、人を殺すなんてことはしない。でも、でも、殺したくないのに死なせてしまうことになったら、わたしは……」
「案ずるな。お前は優し過ぎる。愚鈍な程までにな。そんなお前が人を殺したり死なせたりすることが、あるものか」
そう私はヘルメット越しに観鈴の頭をポンポンと叩きながらなだめた。こんなことを言うのも何だが、殺人犯にさえ同情してしまう優しさを持つ観鈴が、人を殺したり死なせたりすることはあり得ないと思う。いや、そんな事態に陥ったら、私が全力で阻止するまでだ。
「にはは。ありがとう往人さん……」
一瞬気落ちした観鈴だったが、すぐにまたいつもの笑顔を取り戻した。そんな観鈴と共に、再び洞窟の最深部を目指して歩き続けるのだった。
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「しかし、本当に歩き辛い洞窟だな……」
この滝観洞は基本的に一本道で、上下の移動も先程の白蓮洞程ない。しかし、広い場所もあるものの基本的には人一人が通れる広さの道が続き、時にはしゃがんで歩かなくてはならない程道が狭くなることもある。
洞窟内は川が流れており、うっかり足を滑らせればいつ落ちても不思議ではない。そして体勢を変えながら歩かなくてはならず、何度頭をぶつけたことか。洞窟を散策するのにヘルメットと長靴が必須だというのも頷けるものだ。
道の途中にはいくつか最深部まで後何百メートルという看板が置かれている。最深部までの道程は1kmあるかないかの距離で、距離自体は大したことない。
しかし何度も言うようにこの上なく歩き辛い道が続き、実際の距離以上歩き続けている様な錯覚さえ起こす。
「フンフンフン〜〜♪ フフ、フンフンフンフン〜フン〜♪」
早く最深部に着いてとっとと出たいという衝動に駆られがちな私と違い、観鈴は軽快なリズムを口ずさみながら歩き続ける。
「やれやれ。本当に楽しそうだな」
「うん。夢にまで見た洞窟探検だからね。これでモンスターとか出て来たら最高なんだけど」
「こんな狭い洞窟にモンスターが住んでいる訳なかろうが」
「にはは。確かに」
しかし、どうでもいい話だが、RPGというジャンルのゲームにおける洞窟はモンスターの巣窟と化しているようだが、現実的に考えればこんな偏狭な所に人間と同程度の大きさの生物が生活しているとは到底考えられない。所詮はゲームだと言ってしまえばそれまでだが。
「でもね、一番嬉しいのは、こうして往人さんと一緒に洞窟探検出来ることかな。やっぱり、一人で洞窟探検するのは寂しいし」
「それは言えてるな」
確かにこんな狭苦しい洞窟を一人で歩くのは気が狂いそうだ。恐らく観鈴はずっと前からこの洞窟を訪れたかったのだが、同伴する友人がいなくて来るのを躊躇っていたのだろう。
「最深部まであと400m! ゴール目指してガンバろ、往人さん!!」
「やれやれ、まだ400mもあるのか……」
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「ゴールッ!」
洞窟に入ってから30分は経過しただろうか。狭い洞窟を歩き続けた先には、今までにない広い空間があった。そしてけたたましい音を立てながら落ちる滝があった。そう、「滝観洞」はその名が示す如く「滝を観る洞窟」なのだ。この滝こそが滝観洞が滝観洞たる所以であり、洞窟を訪れた皆が目指すゴールなのだ。
しかし、あの狭い道の先にこんな広大な空間が広がっているというのだけでも驚きだが、更にこんな巨大な滝が待ち受けているのには言葉がない。
洞窟の中には最低限の灯りがあるものの、基本的には暗く、滝がどの位置から落ちているのかは分からない。故に、その滝はまるで天から注いでいるかの様にさえ感じた。
「どう? 往人さん、スゴイでしょ?」
「ああ、素晴らしい。言葉に表現出来ない程さえ……」
天から暗き洞窟に流れ落ちるかの様な滝。その力強く神秘的な濁流は、この場所に辿り着くまでの疲れや苦悩さえ押し流してくれるかの様だった。
「往人さん、そろそろ戻ろうか?」
「ああ、そうだな」
十分程滝を眺め続け、私と観鈴は洞窟を出ようとした。
「ん? 待て、出口はどこだ?」
先程の白蓮洞は出口があったが、この滝観洞にはそれらしきものが見当たらない。嫌な予感がする。
「この滝観洞は、入り口は一ヶ所しかないよ」
「やはりか……」
嫌な予感が当たった。やはり入り口はあそこ一つしかないのか。またあの暗く狭い道を歩かなければならないことを考えると鬱になって来る。
しかし、他に入り口がないなら仕方がない。せめてこの滝の景観を脳に焼付け、帰る道中の徒労を少しでも癒そうと、私はもう一度滝を十分に眺め、帰路へと就いたのだった。
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滝観洞から出ると、時間はちょうど13時を過ぎた辺りだった。昼食を取るには頃合いの時間だと、私と観鈴は飯所を探した。
「あっ、往人さん、流しソバなんてのがあるよ。どうかな?」
「流し蕎麦? 流し素麺みたいなものか? この暑い時に食するのにはちょうど良いな」
洞窟から出ると、案の定暑い陽射しが身体全体を焦がすかの様に照り付ける。こんな環境では熱い物や豪華な物はとても食したい衝動に駆られない。ここはさっぱりとした冷たい物を食するのが良いと、私と観鈴は流し蕎麦の店に入って行った。
店は屋台に屋根を付けた様な簡易な建物で、席の真正面には小さな部屋があり、いくつかの竹が席の方へと流れ落ちる様に配置されていた。恐らくこの竹に蕎麦を流すのだろう。私と観鈴は蕎麦を注文し、出来上がり竹から流れ出てくるのを楽しみに待ち続けた。
「さいか、これを持って行ってちょうだい」
「はぁい、おかあさん」
さいかという名の小学生にあがったかあがってないかの少女が母親から頼まれたざる蕎麦二つを掲げ、小屋の方へと向かう。暫くすると、さいかという少女の手により、竹を伝い蕎麦が流れて来る。
蕎麦は少しずつ流すのではなく、感覚を置いて一人分を一気に流すようだ。正直この方法では流し蕎麦の魅力も何もあったものではないが、手伝いがあんなか弱い少女一人しかいないのなら、それも仕方ないのだろう。
「うむ、悪くはない」
流れ来た蕎麦は十分に冷えており、それなりに味わいながら食べられるものだった。
「しかし、あんな幼子に手伝わせるとは、随分と実の娘に酷なことをさせる母親だな」
蕎麦を食しながら、観鈴に話しかけてみる。観鈴の話に寄れば、この地方の小学校は夏休みに入るのが高校より一週間程遅く、小学校はまだ夏休みに入っていないという。故にさいかという少女は、普通に考えれば幼稚園児であるという。
その話を少女が小さな小屋に向かうまでの間聞いていたので、余計に少女が哀れんで見えた。
「でも、さいかちゃんの方は辛くないみたいだよ」
「何故、そう思えるのだ?」
「だって、全然嫌そうな顔してないから。あの年頃の子供は、感情が素直に顔に出るものでしょ?」
「確かにそうだろうが……」
「わたしはちょっと羨ましいかな。お母さんに頼られて、そしてお母さんの期待に応えられるのって……。往人さんにはないかな? あのさいかちゃんみたくお母さんのお手伝いをしたこと。多分その時の往人さんとさいかちゃんの気持ちはおんなじだと思うから」
「母さんの手伝いをしたことか……」
それはもう十年以上昔の話だ。神奈様の名を知らず、ただ漠然とした背中に羽の生えた少女を探すといった目的を持って旅を続けていたあの日々の。
あの時の私は母さんと共に旅をし、そしてその仕事の手伝いをすることに嫌気を差しただろうか? いや、記憶を辿る限り、そんな想いを抱いたことはない。
観鈴の言う母さんに頼られ、そしてその期待に応える行為。それを辛いと思ったことは一度もなく、母さんの期待に応えられる嬉しさしか感じていなかった気がする。
ならば、あの少女も同じなのだと。あの時の私と同じように、母さんの期待に応えられるのに嬉しさを感じながら労働に勤しんでいるのだと、私は考え方を改めたのだった。
そして、既に母親を失った自分は、観鈴と同じくさいかという少女を、羨ましくさえ思ったのだった。
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「ふう。やはりこれが一番か……」
帰りの車中に座りながら浴びる冷房の風。それは洞窟内の自然の涼しい風に比べれば生暖かくさえ感じる。しかし、洞窟は人間が羽を休める為に作られたものではない。故に、涼しさを感じることは出来たが、疲れを癒すことは出来なかった。現に今は洞窟を歩き続けた疲労感で眠りに就きたい心境だった。
それに比べ、この電車内は洞窟内よりは骨を休められる。しかし、座席に眠る行為は、観鈴の家の居間に転がるように眠る行為には遠く及ばない。
結局身体を十分に休められるのは、例え暑かろうが観鈴の家しかないのだと私は悟ったのだった。
「ううん……往人さん……」
(やれやれ、こいつは……)
そんな中、観鈴は私の肩に寄り掛かるように眠り続けていた。あれだけ楽しんだ観鈴だが、はしゃぎ回った分疲労の蓄積度は私より上なのだろう。
しかし、この屈託のない笑顔。もしかしたなら、観鈴が一番休めるのは私なのではないだろうかと、私は釜石駅に着くまでの間思い続けたのだった。
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…第弐拾四話完
※後書き
色々あって、一ヶ月程間が空いてしまいました。今回舞台となっている所も取材には行きましたが、一年以上前の話なので、細かい所は忘れていましたね。
さて、唐突に「しのさいか」が出て来ましたが、これは取材先の店で手伝っていたのが女の子だったことに由来します。その女の子が取材に行った2004年時には小学4年生位だったので、舞台となっている2000年位には小学校にあがったかあがらないくらいだなと。で、原作でそれ位の年のキャラと言えば、しのさいかだなと思い、名前だけ借りたという感じです(笑)。
次回は久々に佳乃やら美凪やらが出て来ますので、楽しみにしていて下さいね。 |
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